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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)6554号 判決

原告

芝辻佳雄

ほか一名

被告

同和火災海上保険株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、各五〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月三〇日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車を運転中、交通事故に遭い、死亡した者の遺族らが、保険会社に対し、保険金(搭乗者傷害保障)を請求したところ、被害者が更新期日に免許を更新しなかつたことにより無免許であることを理由に拒絶したため、同保険金の支払を求め、提訴した事案である。

一  事実(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  保険契約の締結

原告芝辻佳雄(以下「原告佳雄」という。)は、平成五年四月二四日、被告との間に、左記搭乗車傷害保険条項を含む自動車総合保険契約(証券番号〇三九三六〇〇七四九―九、以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(一) 被保険自動車

原告佳雄が保有する普通乗用自動車(大阪七九ろ三二七六)

(二) 搭乗者傷害保険の内容

被告は、右被保険自動車の正規の乗用構造装置のある場所に搭乗中の者が、その運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被り、その直接の結果として、右事故日から一八〇日以内に死亡した時は、死亡保険金として一〇〇〇万円を右搭乗中の者の相続人に対し支払う。

2  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成五年一一月二九日

(二) 場所 大阪府八尾市太子堂三丁目三番地国道二五号線交差点(以下「本件事故現場」ないし「本件交差点」という。)

(三) 事故車 小久保敏夫が運転していた普通貨物自動車(以下「小久保車」という。)

(四) 被害車 芝辻佳継(以下「佳継」という。)が運転していた普通乗用自動車(大阪七九ろ三二七六、以下「佳継車」という。)

(五) 事故態様 本件交差点において、小久保車と佳継車とが衝突し、佳継は、平成五年一一月三〇日、死亡した。

3  佳継の免許の更新

佳継は、誕生日である平成五年一〇月一五日の運転免許証更新日に更新手続をとつておらず、本件事故は、同日から六か月以内に生じた(甲二、弁論の全趣旨)。

4  相続

原告らは、佳継の父母であり、相続人である(甲七)。

二  争点

1  保険約款による免責

(一) 被告の主張

(1) 本件保険契約約款の第四章搭乗者傷害条項二条一項は、「当会社は、次の傷害については、保険金を支払いません。」と規定し、例示として同項二号は、「被保険者が法令に定められた運転資格を持たないで(中略)被保険自動車を運転しているときに、その本人に生じた傷害」との規定をおいている(以下「本件免責条項」という。)。自動車の運転免許制度は、道路交通法に基づいて定められている。

本件事故において、佳継は、免許更新期間内である平成五年一〇月一五日(同人の誕生日)までに更新手続を行つていないから、免許は失効している。そして、本件事故の発生が、更新日から六月以内である同年一一月二九日であつたとしても、本件事故発生当時、佳継が法令に定める運転資格を有していなかつたことは明らかであり、仮に、運転免許試験を受ければ、その一部が免除される立場にあつたとしても、そのことをもつて運転資格があつたとすることはできないことは、道路交通法一〇五条、一一八条一項一号から、明らかである。

したがつて、佳継が本件事故発生時に、「法令に定める運転資格」をもたないでいたことは明らかであり、本件には、本件免責条項が適用されるから、保険金の支払いは免責されることになる。

(2) 原告らは、平成四年五月六日の道路交通法の改正により、免許証の更新ことは当然である。を受けなかつた者が、更新の最終日から六か月を経過しない場合は、適性検査のみで免許証が交付されることになり、佳継は、運転不能な特段の欠陥がなかつたので、右改正法のもとでは、本件保険の解釈上、無免許者として扱うべきではないと主張する。

しかし、本件免責条項によれば、更新期間徒過による失効の場合であつても、無免許である以上免責となることは明らかである。

運転能力を十分有していても、運転免許証がない限り運転してはならないことは、常識であり、免許証にも「平成五年の誕生日まで有効」と明記されており、佳継も免許証を紛失し、再発行を受けていることから、免許証がない限り運転してはならないことは熟知していたと考えられる。そして、自ら無免許運転をした者が保険請求をできるとすると、道路交通秩序の維持、保険事故招致による免責を定めた商法六四一条の精神に照らしても、好ましくはない。仮に、原告らの主張を認めるとすれば、被保険者が運転不能であつたか否かを個別に判断しなければならず、保険契約の画一的処理の必要性に反し、ひいては、保険金の支払処理が遅滞し、保険契約者にかえつて迷惑をかけることになろう。

したがつて、原告らの主張は、失当である。

(二) 原告らの主張

佳継は、本件事故当時、運転免許を有しており、ただ、誕生日である平成五年一〇月一五日、免許の更新日にこれを更新していなかつた者にすぎない。

平成四年五月六日、道路交通法の一部を改正する法律が成立し、道路交通法九七条の二が設けられ、免許証の有効期間の更新を受けなかつた者がその更新期間の最終日から六か月を経過していない場合は、更新をすることができなかつた理由のいかんを問わず、更新の場合の適性試験のみで免許証が交付され、広く救済されることになり(同法九七条の二、同法施行令三四条の三第一項)、右規定は、平成四年一一月一日から施行された。右改正の趣旨は、免許証の更新を受けなかつた者をその理由のいかんを問わず、広く救済するのが目的である。

更新の場合と同様、適性試験のみで免許証が交付されることになり、六か月の期間内の者は、実質上、免許の更新を受けている場合と同様に取り扱われるべきである。

右適性試験は、視力、しかも、眼鏡で矯正した視力検査であり、特段に運転が不能な身体的欠陥でもない限り、不合格となることはない。

佳継は、本件事故時、現に自動車を運転していたのであり、特段に運転が不能な身体的な欠陥はなく、同事故は、右六か月の期間内に生じたのであるから、右改正規定により救済される者であつた。したがつて、右改正法のもとでは、佳継は、本件保険約款の解釈適用上、無免許者として扱われるべきではなく、同法上救済される者を保険契約上除外すべき特段の理由はない。

以上から、佳継は、単に形式上、運転免許を更新していなかつただけであり、何時でも運転免許証が交付される者であつたのであるから、保険金の支払を拒絶されるべき無免許運転者ではない。

第三争点に対する判断

一  本件保険約款による免責

1  証拠(乙一)によれば、本件保険契約約款の第四章搭乗者傷害条項二条一項は、「当会社は、次の傷害については、保険金を支払いません。」と規定し、例示として同項二号は、「被保険者が法令に定められた運転資格を持たないで(中略)被保険自動車を運転しているときに、その本人に生じた傷害」との規定をおいていることが認められる。自動車の運転免許制度は、道路交通法に基づいて定められているから、右「法令」に道路交通法及びその附属法令が含まれることは明らかである。

道路交通法(平成四年法律第四三号による改正後のもの。以下、同じ)においては、運転免許は、運転免許証を交付して行われ(同法九二条一項)、免許証には有効期間が定められており(同法第九二条の二第一項)、免許証の更新を受けようとする者は、免許証の有効期間が満了する日の一か月前から有効期間が満了する日までの間に適性検査を受けなければならず(同法一〇一条一項)、免許は、免許を受けた者が免許の更新を受けなかつたときは、その効力を失うとし(同法一〇五条)、免許が効力を失つたときは、運転免許試験を受けなければならず、更新期間経過後に運転すれば無免許運転として、刑罰規定が適用される(同法一一八条一項一号)と規定されている。

道路交通法の右規定からすれば、運転免許証は、一定の期間に限つて交付されるものであり、有効期間内に更新を受けなかつた場合、免許がその効力を失うことは明らかあり、免許が効力を失つた日から六月以内の者であつても、試験を受けないまま運転すれば、無免許運転として処罰される。

したがつて、前記認定(第二、一、3)のとおり、佳継が免許の更新手続をとつていない以上、本件事故において、佳継は、免許更新期間内である平成五年一〇月一五日(同人の誕生日)までに更新手続を行つていないから、免許は失効しているといわざるを得ない。そして、本件事故の発生が、更新日から六月以内である同年一一月二九日であつても、本件事故発生当時、佳継が法令に定める運転資格を有していなかつたことは明らかである。

2  原告らか主張するように、平成四年五月六日、道路交通法の一部が改正(法律第四三号)されて同法九七条の二の規定が設けられ、また、それに伴い、同法施行令が改正された結果、免許証の有効期間の更新を受けなかつた者がその更新期間の最終日から六か月を経過していない場合は、更新をすることができなかつた理由のいかんを問わず、技能、知識に関する試験か免除され、視力検査を主とする適性試験のみで免許証が交付されることになり(同法九七条の二、同法施行令三四条の三第一項)、右規定は、平成四年一一月一日から施行されている。

しかし、運転免許試験を受ければ、その一部が免除される立場にあつたとしても、そのことをもつて運転資格があつたとすることはできないことは、同法一〇五条、一一八条一項一号の規定上、明らかである。右改正は、免許失効者を無免許とする道路交通法上の取り扱い自体を変更するものではなく、免許を失効した状態で自動車運転を行うことが、法的にも社会的にも容認されているわけではない。

免許を失効した者の反社会性、事故発生の危険性は、全く免許を受けていない者と同程度に高いとはいえないが、両者とも、運転免許が失効状態で自動車運転をした以上、遵法精神に欠けること、無免許運転者として刑罰法規適用の対象となることにおいて相違はない。そして、多数の保険契約を締結し、大量の交通事故を取り扱う保険業務においては、免責条項においても、保険契約と保険事故を形式的、両一的、かつ、迅速に処理する必要上、反社会性及び事故発生の偶然性が欠如する場合を類型的に定立せざるを得ず、結果として、右程度が著しいものとそうでないものとが混在する結果となることはやむを得ないことである。車社会が発展する中で、国民の多数が免許を取得しつつある社会情勢のもとでは、運転免許を更新しなければ失効して無免許となり、失効状態で運転する行為が違法であることは、社会通念上、常識であり、前記免責条項を制限解釈しなければ公序良俗に反するなどの特段の事情を見出し難い。

したがつて、原告らの主張は、採用できない。

二  結論

以上の次第で、原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから、本訴請求はいずれも棄却されるべきである。

(裁判官 大沼洋一)

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